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バシュチュ総裁の任期とトルコ中銀の動向

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2016年も4月に入りました。4月の重要イベントにトルコ中銀総裁の任期満了があります。現在の中銀総裁はエルデム・バシュチュ氏。通貨レートの安定化のため、政策金利の利上げ方針を持つ人物です。

そのバシュチュ総裁の任期が4月19日に満了を迎えます。本人は続投の意欲を表明しており、直近でも新たな金融政策を進めようとアクションを起こしました。任期を継続すれば、利上げもあるかも知れません。しかし、同氏の利上げ方針が緩和策を求める政府の意向と対立しています。続投か否か、トルコ中銀総裁の後任人事を含めて不透明な状況にあります。

今回は、トルコ中銀と政府の対立に関する話題からトルコの金融政策事情、そして直近の上限金利引き下げに関わる思惑にまでに渡って解説をしようと思います。

バシュチュ総裁後任人事を巡る問題

はじめにバシュチュ総裁について、簡単に人物像を紹介していきましょう。

現トルコ中銀総裁エルデム・バシュチュ氏現トルコ中銀総裁エルデム・バシュチュ氏

バシュチュ総裁は2011年からトルコ中銀の総裁を務めてきた人物です。工学系の専攻を卒業した後、経済専攻に転向。初期のキャリアは学問の分野で、トルコとイギリスにて大学の教授職を務めていました。中銀人事に名前が挙がるようになったのは、2003年に副総裁就任して以降のようです。

2011年に同氏が総裁に就いてから以降、トルコ経済はなかなか波乱の展開を見せています。特に外部環境の悪化です。リーマンショック後の先進国経済の停滞に加え、2012年から始まった米国QE3(量的金融緩和)でトルコからの資本流出が加速しました。トルコリラ為替レートが下落の一途を辿ったことは周知の通りです。

さらなる問題が、国内からの政治圧力です。元来、中央銀行とは政治から独立して経済安定の舵取りをすべき組織です。ところがトルコの場合、エルドアン現大統領(前首相)の独裁性が強く、中銀の独立性に逆風となりました。実は今回の情報を調べる際に分かったのですが、エルドアン現大統領はバシュチュ総裁の就任当初から利下げを主張し続けていたようです。エルドアン大統領は根っからの緩和路線(=利下げ)推進派です。他の反対勢力と対する姿勢と同じように、トルコ中銀にも政治的な批判・圧力を加えてきました。過去に中銀も圧力に屈しての利下げではないかと取れるアクションを取ったこともありました。

今回、バシュチュ総裁の任期が4月19日に満了を迎えます。本人は続投意欲を示しています。中銀内の意見が通れば、やはり続投ということになるのでしょう。しかし、前述の通り政府圧力が無視できないほどに強まっています。後任人事で、政府サイドの意向を汲む人物に代わるようであれば、中銀の独立性、牽いてはトルコ経済の安定性に大きな疑問が投げかけられる事態となることでしょう。

通貨レート安定vs成長緩和路線

バシュチュ総裁の任期が切れるとどのような事態が想定されるのか。トルコリラという通貨にとってリスクたり得る人事は、後任に政府サイドの人物が就任し、政府の意向に沿って利下げ・緩和政策を取ることでしょう。

エルドアン大統領率いる与党は、経済拡大のための緩和路線を期待しています。政策金利を引き下げ、貸し出し金利を減らし、トルコ国内に出回る通貨の量を増やそうという方針です。そうすることで経済を活性化させ、より早い経済成長を遂げたいとの目論見があるのでしょう。

一方では、トルコリラに通貨安・インフレ懸念がくすぶっています。トルコリラはここ2、3年で対ドルでの価値が半分以下に落ち、資源を輸入に依存するトルコの懐事情を悪化させています。当然ながら、相対的に国内の物価も上昇し、CPIに代表される物価指数がインフレの拡大を示しています。

本来、こうした不安定な通貨レートを是正するために、中央銀行は存在します。ただ先に述べたように、トルコは政府与党の独裁性が強く、与党が再三に渡って中銀に利下げを要求する状況が続いています。政府の影響が今後の人事にまで拡大するようだと、中銀の独立性・有能性が問われ、リラ安に拍車を掛ける事態となりかねません。

直近のトルコ上限金利利下げ

今回、バシュチュ総裁の任期が迫るに当たって、中銀は一つ特徴的なアクションを取りました。2・24に実施された上限金利の引き下げ発表です。誤解のないように言っておきますが、上限金利は政策金利とは似て非なるものです。政策金利の発表の後にニュースが錯綜していたようなので解説しておきましょう。

トルコの場合、政策金利には「一週間物レポレート(中期)」という金利を指定しています。簡単に言えば、一週間単位で資金の貸し借りをする場合に適用される利率のことですね。一方の上限金利に指定されているのは「翌日物レポレート(短期)」です。こちらは、一日単位のオーバーナイトで適用される金利レートです。

  • トルコ主要政策金利 → 一週間物レポレート(7.5%)
  • トルコ上限金利 → 翌日物レポレート(10.5%)

今回の発表で、翌日物レポレートは10.5%に引き下げられました。形式的には政府の利下げ要求に応じる形を取った言えるでしょう。ただ、一方の一週間物レポレートは7.5%で据え置きされています。中銀の声明では「両者の差を埋めることが目的である」と言っています。

利上げ期待と今後の動向

実は前述の上限金利引き下げに絡んで、逆に利上げの噂が立っています。短期と中期の金利差を埋める」という声明から、中期金利(=政策金利)の方は引き上げるられるのではないかという憶測が出てきているのです。「上限金利の引き下げは、政府の圧力を交わすためのアクションであった。政策金利を上げるための布石ではないか。」という解釈が出ています。

こうした中銀の思惑を感じてか知らずか、政府与党からは上限金利の引き下げについてもクレームを出しています。もっと利下げをするべきだったと。以下はロイターからのニュースです。

[アンカラ 25日 ロイター] – トルコ中央銀行が24日の政策理事会で翌日物貸出金利を25ベーシスポイント(bp)引き下げたことについて、トルコのエルドアン大統領の側近は25日、もっと大幅に引き下げるべきだったとし、25bpの下げ幅では経済への影響という点で十分ではない、との見方を示した。

経済政策の常識的な判断からすれば、トルコリラの通貨レート安定化のためには利上げを実施すべきでしょう。実際、市場参加者も利上げを期待している節があります。トルコリラの通貨レートを上げれば、資源輸入コストが下げります。毎年続く、トルコの経常赤字改善にも抜群に効果を発揮します。

現在、米国の利上げと景気停滞懸念からドルが売られ、外部的要因からトルコリラのレートは上昇しつつあります。ただ、4月19日に控えたバシュチュ総裁の任期満了を巡って、人事問題で一波乱起きるかも知れません。バシュチュ総裁が続投すれば、無事にイベントは消化されます。しかし、政府圧力に負けて中銀の意向が反映されないようだと、今後の利上げ期待を考え直さねばなりません。

我々のようなトルコ情勢に弱い市場参加者からすると、ニュース速報を読むことは適わないでしょう。ただ、直近でトルコリラに著しく弱い値動きがあるようだと、ピンとくるヒントになるかも知れません。中銀人事と金融政策の動向に関心が集まっている点は頭の片隅に入れておきましょう。